去る6月9日(土)に今年で7年目をむかえます、恒例行事、社会貢献・海岸清掃活動を行ってきました。今年もこの活動にご賛同下さった多くの保護者の皆さん、子ども達。そして職員で、年長児のお泊り保育で利用させて頂きます海を綺麗にしてきました。今年は保護者10名、小学生を含めた子ども14名、職員11名の35名の参加となりました。保護者の中には「いい活動ですね。参加したいけど下の子が小さいからお邪魔になるだろうし残念だけど来年にします。頑張ってきてください」と言葉をかけて頂いた方もいらっしゃり嬉しい限りです。この活動をつづけていく事の必要性を確認し、勇気をもらいました。

この活動を始めて、改めて思うことがあります。『私たちは実に多くの人たちの世話になりながら日々を生きている。生かされているという事実がある』ということです。時に私たちは、人の為に何かをしていることもあります。しかし同じくらい人の世話になっています。

本当に当たり前のことですが、『おかげさま、お互い様』の繰り返しであるなと感じています。毎年、海水浴を楽しめるのは『どこかの、誰かが』清掃をしたり、海を守ってくださっているから。時にこのようなボランティアの話をすると自己満足や自己優越感に浸っているんだと揶揄する人がいたり、海岸を綺麗にするのは(地域の人が)集客して稼ぐためだから当たり前だと辛辣に言い放つ意見も耳にします。私がこの様な二つの考えを丸ごと否定することは出来ないかもしれませんが『やっぱりそれだけではない』と思っています。まる6年やってきて自然への敬愛の気持ちは益々増してきていますし、地球規模で起こっている環境問題への危機感も増すばかりです。今回参加下さった一人のお父さんは20代の頃、舞鶴に仕事で来ておられ、一方ならぬお世話になった事への感謝の気持ちを今回示したいんだとお話しされていました。人は利害で動くこともありますが、時に、人の『情(じょう)』に触れ、心から突き動かされる心情になり、行動する事も往々にしてあります。

毎年参加してくださる、様々な人。海岸のある神﨑地区の人。保育園の職員の皆。その身を通した経験を通し、言葉を用いた会話を通じて、関わりを深める中『おかげさま、お互い様』という当たり前の、人が生きていく上で不可欠である人同士の関係性を大事に重ねていきたいと感じているところです。

 

 

 

 

 

 

 

7月1日の海開きを目前にして海の家のオープンの準備をされていました。そしてこの方たちが日よけのため昼食を屋根の出来上がったばかりの浜茶屋を使っていいよと言っていただきました。ありがたかったです。そして、「こちらこそありがたいです。ご苦労様です」と労っていただきました。この活動の意義を感じ、勇気がわきました。

浜でも重機を入れて、海岸の安全を整えておられました。

エイエイオー!!と元気いっぱい海岸清掃の開始です。

 

 

 

 

 

 

何回か浜辺に重機を入れて清掃をされたようです。しかし、波に運ばれて毎日海に浮遊する様々な木々や海藻、人間の出した生活ゴミが打ち上げられ、人の手による清掃は不可欠で「全ての事が機械や便利な道具で完結することは無い」と感じています。

科学技術の進歩は目覚ましく、正直私はついていけてないと思います。ニュース等でも「AI(人工知能)」を搭載したロボット等が実用化され人間に取って代わって実に多くの職種に人間が必要なくなる。と驚かされるばかりの今日です。少子化による人口減少の為、就労人口が激減し始めてることは日々の暮らしの中でも肌で感じるほどです。

人間にしか行えないであろう職種の中に「保育士」があったことに私は安堵しています。それは自分の仕事を脅かされるという事ではなく、『人を育てるという保育・教育という人間の尊い営みがどんなに高度なロボットでも行う事は難しい。行うべきでない』と我々の社会が考えている事に安堵しました。コンピューターを搭載したロボット、AIを有したシステムのミッションは『合理性、便利(人間にとって)』ということが重きだと思います。

子どもが失敗を伴い学ぶ日々は、この『合理性』とは真逆の営みです。大人は時に「何でこんな無駄なことをするのだろう』『私が大変な経験をしたから失敗しないように教えてあげよう(言葉で説明して)』と考えてしまいますよね。しかし、子どもがこの答や真理にたどり着くまで『真っ直ぐな一本道』でない、『寄り道・道草』という非合理的な活動を繰り返すことが『主体性を伴い、知恵を持った、立派な人格をもつ大人への道』に通ずるのだと強く思います。

不便だから何とかしたくて思考し、試行し、工夫する。人と関わると、思い通りばかりにはならない煩わしさを感じることも、共感を伴い、心が通じ合う事に幸せや喜びを感じる。実に不便で非合理的な環境こそが子ども達や私たち大人の心を鍛え、豊かにしてくれると考えます。様々な考えがあり、『豊かさ』の定義も様々です。私は近年起こる様々な事件をみていますと、この社会の危うさを感じます。「物質の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を大切にする子育て・教育(人育て)を全ての大人たちが真剣に考えていくことの重要性を是非、提案したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

ご厚意で貸して頂いた作りかけの浜茶屋で、貸していただいたシートの上で、お母さんが作ってくれたお弁当を皆で会話も楽しみながら食べました。会話が弾み、休憩時間を少しオーバーしてしまいました。

子どもたちは、おやつも食べ終わると波打ち際で楽しそうに遊んでいました。自分の手で綺麗にした海岸線や海であそぶ事楽しみにしているのかな♬

 

 

 

 

 

 

 

 

海風は強く、涼しさを感じれる一日でしたが、太陽が照りつける暑い一日でした。午前中の曇天から午後は青空が見えました。神﨑海岸の雄大な自然を眺めながら今年の夏に行われるお泊り保育・臨海合宿や家族や友人たちと遊びに来る海水浴を想像して心弾むばかりでした。子どもに負けぬ程とは言いませんが子どもと同様に思い切り夏を楽しみ心弾ませる時間にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合計3時間ほどの清掃活動です。今年も参加した子ども達、大人達が力を合わせて、会話をして、楽しむことを土台にしてゴミを79袋と流木等を取り除くことが出来ました。一人一人は小さく微力かもしれませんが、出来るときに出来ることを『し続ける』事を大事にしたいですね。保育・子育てとおんなじです。

『やり通す』ひたむきな努力が出来る子どもや青年に成長してくれることを願い我々大人もがんばりましょう!!『出来るときに出来ることを』

 

参加下さいました親子の皆さん。気持ちも向けてくださった保護者の皆さん。神﨑地区の皆さん。今年も無事に海岸清掃を終えることが出来ましたことに感謝の意を表させて頂きたいと思います。

みなさん、ありがとうございました!!